句集「三角点」

 

平成十七年四月~平成二十三年三月 

笑ふ臍

餅花やようお越しやすと迎へられ

如月の月光浴もありしかな

蒲公英の汁浅白く踏まれけり

ぐさっぐさっショベルが春の土おこす

ふらここをもう落ちさうな女の子

素っ気なしと言はれようとも葱坊主

夏祓をへて立寄る飴屋かな

品書きは冷奴から始まりぬ

立ちばなし日焼け娘の笑ふ臍

白靴が石畳行く町屋筋

秋彼岸いつもの墓に香を聞く

菊人形着せ替へ中に見得をきり

日本のオレンジ色の秋惜しむ

冬ざれに土嚢どしりと堰工事

大年やほったらかしが積まれをり

 

平成二十三年四月~平成二十五年三月 

東京スカイツリー

街空ろ人影犬影初明り

蹲に謹しみをりぬ寒椿

俯せて春の地球を抱きけり

春雷や東京スカイツリー射る

浮ひて来し河馬の鼻先青葉風

七夕に婚姻届といふ証し

暮るるほど祇園囃子は近づきぬ

白玉の辷る喉ごし雲ひとつ

ネクタイがひん曲がりをる残暑かな

初月夜白い乳房はかくしをり

経木の香墨の香秋の彼岸入り

秋高し小蜘蛛は糸に揺るゝまま

どしゃぶりに火祭りの焔さらに烈

四十雀小雀日雀ら日に遊ぶ

雪女ひとりでバスを待ちにけり

 

平成二十五年四月~平成二十六年三月

草の花

息継ぎつ一ノ峰へと初稲荷

強東風にポイ捨て煙草横っ飛び

真っ新なビジネスバッグ春隣

ぢりぢりと土手這ひ上がる野焼きかな

脹らかにナ行の音に春の水

群立ちて孕雀も飛び立ちぬ

ワイパーに卯の花腐し掃かれをり

青髭の僧往き交ひて寺薄暑

一礼し水引草を通り過ぐ

蜩のばさりと窓に当たりけり

城址はあっさり色の草の花

澄みわたる十一月の佳き日かな

ごつんごつん無骨な柚が湯に遊ぶ

乳呑児の夜泣き鎮まり虎落笛

懇ろに商談了へてうどんすき

 

平成二十六年四月~平成二十七年三月

菊膾

初出勤手持ちぶさたな午後となり

雪だるま融けりゃぽつんと赤ピーマン

きさらぎの別れに鬼畜いびつづら

墓番に嬰あやされし彼岸道

卯浪寄せキララパラパラ金平糖

青嵐糺の森を脅しをり

穀象の蹌踉めきつゝも急ひてをり

今朝無言詣の七日七夜明く

生りしよりへなへな三尺ささげ和へ

積丹は碧の海や雲丹喰らふ

白や黄に朱に被綿マカロン風

赤銅に蠢く月の欠けつつも

品書きの墨新たなり菊膾

カラカラカラ換気扇鳴る十二月

教会の年波流る鐘の刻

 

平成二十七年四月~平成二十八年三月

雑魚寝

七三の分け目粧すや初鏡

生ゴミを見ぬふりしたる初鴉

尖りたり鶯餅の右左

鋼管杭でっこ鱵の奔る沖

其の夜は講中雑魚寝の御水取

東風吹かば高校古文の匂ひたち

薬箋のまた一つ増ゆ薬の日

青葉木莵棲家は今出川下ル

池に描く直線曲線通し鴨

白犬連れて角帯に秋日傘

ただ向かひ合ふてをる端居かな

もう一歩前へ厠の小望月

ゴミネット正しく被す露の朝

枯葉舞ふポリボックスの瓦屋根

和の国は歌合戦後晦日蕎麦

 

平成二十八年四月~平成二十九年三月

つかわしめ

若水を汲み佳き年の始りぬ

山焼きに杜に鎮むやつかわしめ

日迎へやまた日送りに時を繰る

切羽ヨシ発破どどんと春の山

川風の半木の径百千鳥

笹笛を吹く子篠の子引抜く子

青葉風産土詣の児に戦ぐ

初蝉はオブラートの翅パールの眼

尼寺の辺りひそやか夏花摘

売土地てふ看板かしげ鳳仙花

連山は影絵か月白シンフォニー

目鼻立ち良きみどり児や月今宵

大綿のみ空に生まれさまよひぬ

霜日和ブルドーザーが息を吐く

鹿駆くる徳利文様あられ酒

 

平成二十九年四月~平成三十年三月

床屋の兎

ウォーキングシューズ真っ新寒の明け

春まけて天空海闊兜太逝く

青空にミモザ枝垂れてシャンデリア

朝寝して追ひかけられて夢でほっ

併泳の金魚遊ばす鯉の口

姫らしき懐孕映像院うらら

笹香る道喜粽の立姿

鮭遊ぶ朝焼空の雲の河

前後ろ笑みのせママチャリ風光る

菊一輪挿してみたり引いてみたり

入院病棟西五二二秋深し

曇りのち雨となりけり秋刀魚焼く

レモンの輪紅茶に浮ひて少し邪魔

何となく二列乗車や冬隣

月一度床屋の兎撫でてやる

 

平成三十年四月~平成三十一年三月

三角点

松過ぎて定年となる物語

北風にごみ袋飛び道にどん

くゝ立のほっておかれて素っ気なし

軽トラの新玉葱や島坦々

一点紅土木現場に新社員

カピパラに目を逸らされてレモン水

町の子も村の子となる夏休み

たこピックせはしく反す夜の秋

辿り来し三角点や赤とんぼ

長き夜や天使のノック待ち侘びる

秋されに雲衲駆くるや永平寺

脇差につい手が伸びる七五三

青蜜柑香る三年二組かな

抜け裏にたはむる白子屋お駒はん

慥かなるおことば天皇誕生日

 

平成三十一年四月~令和二年三月

マネキン

字からも大字からも賀状来たる

弓回す音沁み入るや春土俵

蝌蚪の紐ゐの字そのまま淀みをり

空一切春雲となり句碑法要

時の日や砂漏反して待つ拉麺

聴かせるやう戒するやうに簾越し

秋の服着てマネキンの思案かな

垂乳根の母連れ行きて草の花

秋茄子をちょん切る嫁のジェルネイル

重陽や九と九足すなら陰と化す

連添ふてかりがね寒き信楽路

今年米ぬるりぬるりと研ぎにけり

御列のティアラ煌めく小春かな

蕪蒸ふうーと一匙一周忌

 

令和二年四月~令和三年三月

のし泳ぎ

寒晴にぴしっと壺糸はじきけり

春まけて紅濃きカフェの女給かな

予定表すぐ埋める癖弥生尽

田定規の四角のとほり苗植わる

間知石割る音鈍く梅雨曇

菅貫の縄跳びさながらとんと超ゆ

夏木立立つまゝに土砂滑りをり

海の日や考を倣ひし伸泳

真っ白もうす紫も野菊かな

隅棟に雀あざるや秋日和

マネキンの鼻の黒子は後れ蝿

千年の息づき年年お風入

打換の水蒸気立つ夜寒かな

重ねくる服喪の便り日短

蕪村忌や毛馬水閘門の聳ちぬ

 

令和三年四月~令和四年三月

墨糸

 月釜に漂ふ淑気真葛庵

爺と孫ぎゅうぎゅう詰の初湯かな

うららかや布団叩きのハート棒

踏ん切りの投函音や月おぼろ

一切を鎮むや紫野の椿

八朔柑アスタリスクに爪ぐいぐい

雪山は支承のあたり春の虹

慥かなる山彦の渓夏深む

毀れたる夕陽の欠片灯涼し

まう三晩休みてお往き茄子の馬

沈砂池に水飛沫たち小鳥来る

茶筅は煤竹謹みて栗鹿の子

耳鳴りは左右には尽る虫

姫に被布若に脇差七五三

墨糸をこごゆる指がはじきけり